昨日は、帰ってきて、何もすることができないまま眠りについてしまった。
昨日のオーガスタキャンプでの私の目当ては、秦基博、元ちとせ、山崎まさよしだった。
その三人はもちろんのこと、スキマスイッチとさかいゆうにもノックアウトされてしまった。
15周年を迎えた山崎まさよしの選曲は、ちょうど私が一番彼の曲を聴いていた頃のものもタップリだったので、いろいろ懐かしい記憶も蘇ってきてしまった。
切なくて胸がキュンキュンしてしまうものと、このノリはどこから生まれるんだ?と思ってしまうようなリズムのものもどちらも好き。
前説やMCなどなどの面白人間的発言とのギャップがすごいよね。
元ちとせは、もう圧巻という言葉が出てきてしまうほどの凄まじさ。
可愛らしいあのビジュアルからどうして?と思ってしまうほど、神々しい。
今日の終戦記念日にあわせての「死んだ女の子」は、ただただ息を飲む。
ああ、そこに、触れることも、暑いからって一緒にアイスを食べることもできない女の子がいるんだろうなと信じてしまう世界がある。
そしてフェスのたびに、私はなんらかのCDを買ってしまい、友達はもうずいぶんと前にファンクラブに入ってしまった秦さんは、なんだか珍しくお疲れのように見えた。
いつもすごく楽しそうに歌うのに。
それでも、変わることのない、いい声。
うっとりしながら耳を青島課長並みに大きくして聴いていたら、そのまま魂持っていかれてしまいそうだった。
昨日は風も心地よくて曇り空っていう私にとっての最高の状況が揃ってくれたので、そのまま三途の川で水浴びなんていう事態にはならなかった。
代わりに今朝、なりかけたけど・・・。
見かけに反して、毎年毎年、本当にビックリするくらい夏の間は、体がいうこときかなくて、生きているのがやっとという状態なのだけど、その空気や雰囲気がやっぱり一番好きと感じてしまう季節。
日中のとにかく活気!という景色も、夏の夕暮れから夜に変わるあたりの色気も好き。
その大好きな季節が見えなくなりつつあるのが、とても困るよなぁ。
最近は、ようやく毎年恒例の飛び火が静かにしてくれているのに、明るい光が見えないというか、露出オーバーのように世界が白光に包まれてしまって、輪郭も見えなきゃ、その眩しさに何も判断ができない状態に陥ってしまう。
夜の眩しすぎる光も同じなので、なんだか、夜のステージでもサングラスかける変な人になっていた。
その代わりに、夜、例えば暗い河川敷にいても、光が見える。
今まで見えなかったような光を見えるようになったような気がする。
まあ、それは負け惜しみかも。
mujinaは、眩しすぎる世界にいられない代わりに、暗い世界でも光を見つけられる能力を得た。
どんなロープレ?
これがそのまま人生に当てはめられるのも、それはそれで残念なような気がするよ。
その残念な気持ちは、純粋な私の気持ちというより、他人から見た私を考えてしまったときに生まれる。
実力ないのに夢を見続けて失敗したよ、みたいな。
そういう気配を感じたり、想像し始めると私も凹む。
これ以上、その道を進むことなんてやめたほうがいいんじゃないかと真剣に考えて、無気力になるほどに。
それでも、同じ時間を無気力で過ごしてしまうよりは、幾分かの意味はあるんじゃないかと自分自身で励ましてみる。
それで浮上できなきゃ、時間にお任せ。
逃げ出しても、たぶん、また同じ場所からやり直すことになるから。
バイクカバー糞塗れというなんともキチャナイ記事に拍手を下さった方、
どうもありがとうございます。
実は、昨日も疲れて帰ってきてしまって、今日はこれからバイク屋に行く予定なので、カバーはそのまま放置です。
臭い・・・。
昨日、帰ってきたら、「ペットの糞尿をここではさせないで!」という張り紙のされたカラーコーンが私のバイクカバー脇に置いてありました。
誰か知らないけれど、ありがとうございます。
同様の被害が相次いだだけだと思うけれど、助かります。
もしペットだとしたら、本当にやめてほしい。
その人を嫌な気持ちにさせるだけの行動を選ぶの。
飼われているものじゃなければ、ある意味、仕方ないと諦められるけれど、あの位置は野良はしないだろう・・・という場所ばかりなんだよね。
ほかに安全に催せる場所がいっぱいある中で、危険を冒す必要はないべ。
- 2010/08/15(日) 13:07:58|
- 徒然なるままに
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